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名古屋高等裁判所 昭和23年(ネ)82号 判決

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す、被控訴人が控訴人に対し自作農創設特別措置法により昭和二十二年十月一日附三重(は)四一〇一号買収令書を以てした買収処分中次の通り変更する。(イ)三重県三重郡川島村大字川島字佃五千六百六十五番の一、田十八歩(ロ)同所五千六百六十七番、田八畝二十六歩、(ハ)同所五千六百六十六番の一、田一反三畝三歩(以上耕作者小林なつゑ合計反別二反二畝十七歩)を除き、(ニ)同村同大字字曲り山田六千百三十九番、田九畝一歩(耕作者稲垣与四郎)(ホ)同村同大字字目代四千九十九番、田九畝二十一歩(耕作者稲垣与左衛門)(ヘ)同村同大字字佃五千八百三十四番、田二畝二十四歩(耕作者山口しゆ)(ト)同所五千八百二十番、田一畝五歩(耕作者右同人)(以上合計反別二反二畝二十一歩)を加う。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は当審において

一、(一) 抑買収計画と買収処分とはそれぞれ異なる機関によつて行われる別個の行政処分で後者は前者に基いてのみ行われうるにすぎないのであるから買収処分の内容の変更を求める本訴は必然前手続たる買収計画の変更せられることを予定するものといわなければならない。そして県知事は県農地委員会の承認を経た買収計画の執行機関たるに止まり自ら買収計画を行い、これを変更するの権限を有するものではないのであるから、被控訴人三重県知事に対して買収処分の変更を求める本訴請求は買収計画の変更を求める相手方たるに適しない県知事にその権限外の行為をなすことを求めるに帰し到底認容せらるべきでない。

(二) 仮りに右主張理由なしとするも控訴人の本訴は甲地の買収計画を変更して自ら選択した乙地の買収を行わんことを求めるにある。これは自作農創設特別措置法第三条によつて買収するにあたりいずれの土地を買収し、いずれの土地を地主に保有せしめるかの選択権が地主にも与えられていることを前提とするものであつて、その前提は法律の解釈を誤まり成り立たないのである。従てこの前提に立つて控訴人の選択する土地について買収を行わんことを求める本訴請求は失当である。

(三) 農地委員会がいずれの土地の保有を認め、いずれの土地を買収するかは、専らその自由なる裁量によつて最も妥当と信ずるところによるべきであつて本件において川島村農地委員会の行つた買収計画はまことに適正妥当のものであり、少しもこれに変更を加える必要がない。控訴人の主張は一方的の見解に基いてその要求を以て妥当となすまでである。百歩をゆずりその見解を是認するとしても控訴人の主張するところでは、被控訴人のした買収処分を違法とするには足らない。従てこの点からいつても控訴人の主張は排斥を免れないのである。」

と附加陳述し、かつ原審において控訴人の所有地として収穫不定畑七段十九歩と述べたのは七畝十九歩の誤りにつき訂正すると述べた外当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示のとおりである。

(立証省略)

理由

まづ都道府県知事は、都道府県農地委員会の承認を経た買収計画を執行するだけでこれを取消、変更する権限を有しないのであるから控訴人の本訴は被控訴人を相手方とすべきものではないという被控訴人の主張について考察する。

都道府県知事は市町村農地委員会の定めた買収計画の適法不適法を独自の見解によつて判断する権能を有しまた判断する義務を負うものであつて、その買収計画を違法と認めたときには市町村農地委員会又は都道府県農地委員会に対して監督上必要なる命令又は処分をなすべきものであることは農地調整法第十五条、第十五条の十五、同法施行令第四十七条の規定からうかがえるのであるから都道府県知事は買収計画の単なる執行機関にすぎないという主張はあたらないのみならず控訴人の本訴は被控訴人三重県知事のした買収処分の違法を理由として、その変更を求めるにあるからその処分をした行政庁たる被控訴人を相手方とすべきものであることは他の法律に特別の定のない限り行政事件訴訟特例法第三条の規定に照らしてむしろ当然のことに属する。よつて被控訴人の右主張は採用に値しない。さて控訴人が本訴において主張する請求原因の要旨は、川島村農地委員会が控訴人所有の農地につき買収計画を定めるに当つては、前掲(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の四筆の土地を買収すべきで前掲(イ)(ロ)(ハ)の三筆の土地を買収すべきではないとすべき諸般の事情があるにかかわらず、同委員会はこの事情を無視して右(イ)(ロ)(ハ)の土地を買収計画に組入れたことは違法である。すなわち市町村農地委員会が買収計画を定めるについては、自作農創設特別措置法(以下単に法と略称する)第一条及び第六条第四項の規定の趣旨にあてはまるようにしなければならない。しかるに川島村農地委員会が控訴人所有の農地について買収計画を定めるにあたり、右二個の法条の趣旨は全くじゆうりんせられているから違法であるというに帰着する。

よつて法第一条について考察する。同法条には「この法律は、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるため自作農を急速且つ広汎に創設し又土地の農業上の利用を増進し以て農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とすると規定している。すなわち

(1)  自作農を急速且つ広汎に創設する、又土地の農業上の利用を増進する。

(2)  そうすると耕作者の地位は安定し耕作者はその労働の成果を公正に享受するようになる。

(3)  このことによつて、(イ)農業生産力の発展を図る。(ロ)農村における民主的傾向の促進を図る。

というのである。つまり(3)に記したこの法律の究極の目標たる二の理想が(1)によつて導かれ(2)の条件によつて達成されるのである。

さらにわかり易く云うならば、小作農に対して農地の所有権を与え、小作農を自作農化することによつて、その者の耕作権に法的安定と経済的安定とを得させ、以て農業生産力の発展と、農村における民主的傾向の促進を図ろうとするのがこの法律の目標である法第一条にいわゆる「耕作者の地位を安定し」とあるのは以上説明したところによつて「小作農たる耕作者」を指称するのであつて、決してこの法律施行前にすでに自作農たる控訴人(このことは買収せらるべき農地「小作地」を所有することを自認する控訴人の主張によつて明かである)のような耕作者を含まないと解するのが相当である。

次に法第六条第四項について考察する。同条項には「市町村農地委員会は、農地買収計画を定めるには、左の事項を勘案してこれをしなければならない。一、自作農となるべき者の農地を買い受ける機会を公正にすること。二、自作農となるべき者の耕作する農地を集団化し、且つ当該地方の状況に応じて当該農地につき田畑の割合を適正にすること」。と規定している。すなわち市町村農地委員会が買収計画を定めるに当つては農地買受の機会を公正にすることも、耕作する農地を集団化することもこの法律によつて創設せらるべき自作農について、これを勘案しなければならないという趣旨であることは一点の疑を容れないところである。

勿論前記法条は自作農を創設して農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とし、地主を不当に苦しめる目的で作られたものとは解し得られないが、右の目的達成の為に地主が自然に蒙る不便不利益はこれを甘受しなければならぬということにならざるを得ないわけである。従つて本件において控訴人が主張する(イ)(ロ)(ハ)の土地を買収することが(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)を買収することに比し自作農となるべき――小作人――の農地を買受ける機会を公正にすること、及び自作農となるべき者――小作人――の耕作する農地を集団化し且つ当該地方の状況に応じて当該農地につき田畑の割合を適正にすることにならない場合は地主たる控訴人の利不利に拘らず買収は違法であるし、またこの点に関し両者の関係は全く同一であり何れを買収してもすべての小作人の立場は変らないという場合であつて、右(イ)(ロ)(ハ)を買収されると地主のみが甚しく不便を来すことが一見して明らかであるというような場合がありとすればその買収もおそらく違法と解してよかろうが控訴人は本件においてかかる事実を主張立証しないで専ら地主たる自己とその農地の解放をうくべき小作人の利害を比較して立論しているのみであるから到底これを認容するかぎりではない。

よつて控訴人の請求を失当として棄却した原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴はこれを棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。(昭和二四年四月二一日名古屋高等裁判所民事部)

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